たった200円のはずだった。なのに私は、その場で引き下がれなかった。
タクシーを降りて、私はそのまま二歩だけ歩いた。
でも次の瞬間、手の中のくしゃくしゃの領収書を見た私は、反射みたいにくるっと振り返っていた。
乗車料金 800円。迎車 500円。通行料他 200円。合計 1500円。
……いや、待って。
通行料他って何?
私は乗っているあいだ、料金所なんてひとつも見ていない。
高速にも乗っていないし、有料道路を通った記憶もない。
そもそも急いでいたとはいえ、そんなに遠い距離じゃなかった。せいぜい千円ちょっとだろうと思って乗ったのに、降りたあとで領収書を見たら1500円。
しかも、そのうち200円だけが妙に曖昧だった。
私はすぐに車へ戻って、まだ開いていた運転席の窓に向かって聞いた。
「この“通行料他 200円”って、何ですか?」
運転手は私の顔も見ずに、面倒くさそうに言った。
「システムで自動的に入るんで」
その言い方が、ものすごく嫌だった。
説明じゃない。
ただの押し返しだった。
“細かいこと気にするな”“どうせわからないだろ”って、そう言われた気がした。
たしかに200円は大金じゃない。
でも私は、その瞬間に思った。
こういう200円こそ、いちばん雑に取られやすいお金なんじゃないかって。
「自動って、何の料金なんですか?」
もう一度聞くと、運転手は少しだけ顔をしかめて、今度はもっと雑に言った。
「だから、そういうのは会社のシステムなんで」
私の中で、何かが切り替わった。
「あ、じゃあ今ここで会社に聞きます」
そう言って、その場でスマホを取り出した。
車のドアの横から動かず、領収書を片手に会社へ電話をかけた。
さすがに運転手も、私がそこまでするとは思っていなかったんだろう。
さっきまでの余裕そうな顔が、目に見えて曇った。
「たった200円で大げさだな……」
ぼそっと聞こえたその一言に、私はすぐ返した。
「たった200円だからでしょう。こういうお金って、みんな面倒で聞かないから。」
電話はつながった。
私は会社名を確認して、落ち着いて伝えた。
何時ごろ、どの車に乗ったのか。
領収書番号はいくつか。
車両番号は何番か。
そして、領収書に**“通行料他 200円”**とあるのに、実際には料金所を通っていないこと。
最初に出た担当者は、いかにも慣れた口調で言った。
「おそらく追加料金の一種かと思われます」
その瞬間、私は逆に冷静になった。
“おそらく”で済ませる気だ。
そう思ったからだ。
「おそらく、ではなくて、何の料金なのかを明確に説明してください。
迎車は500円と別に書かれていますよね。
じゃあこの200円は、具体的に何ですか?」
電話の向こうが、一瞬黙った。
私はたたみかけた。
「時間、車番、領収書番号、全部伝えています。
記録があるなら確認できますよね。
“通行料他”の“他”って、何ですか?」
その沈黙で、もうだいたいわかった。
少なくとも、その場ですぐ説明できるような、はっきりした料金じゃないんだと。
運転手も、さっきから落ち着かない様子でこちらを見ていた。
たぶん、私が途中で面倒になってやめると思っていたんだろう。
でも私はやめなかった。
むしろ、こうなったらちゃんと聞くまで引く気がなくなっていた。
少しして、電話口の担当者が明らかにトーンを変えた。
「確認しました。こちらの表記が不明瞭で、運転手からも明確な説明ができない状態でした。ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」
私は何も言わずに続きを待った。
「200円につきましては、今回返金対応させていただきます」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がすっとした。
運転手は気まずそうに財布を出して、200円を取り出した。
さっきの“たった200円”とは違って、今度は妙に静かだった。
私はその200円を受け取ってから、はっきり言った。
「私、200円が惜しくて言ってるんじゃないんです。
何に使われたかわからないお金を、わからないまま払わされるのが嫌なんです。」
運転手は何も言えなかった。
電話口の担当者も、もう一度丁寧に謝った。
通話を切って歩き出したとき、手の中にあるのは200円だけじゃない気がした。
たしかに金額は小さい。
でも、取り返したのはお金よりむしろ、“ちゃんと聞いていい”っていう当たり前だった。
乗客って、別にだまされやすいわけじゃない。
ただ、多くの人は急いでいたり、面倒だったりして、そのままにしてしまうだけだ。
向こうはそこを当てにしている。
曖昧でも、少額なら流される。
説明しなくても、たいていは終わる。
でも私は、その日だけは終わらせなかった。
たった200円。
されど200円。
小さい金額ほど、見逃したら向こうの思うつぼだ。
だから私は、あの領収書を見た瞬間に引き返してよかったと思っている。
あの日、私が取り返したのは200円だけじゃない。
「乗客は、黙って払うだけの存在じゃない」ってことを、ちゃんと相手に思い出させた。
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